後悔しないために日々を大切に
そして自分らしく精一杯生きる
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自分の生い立ち〜小学校高学年 粗以たちとの共生

引っ越しをしたこともあり念願の

ワンちゃんを飼うことに♪

 

地元が和歌山だからか『紀州犬』

だった。

 

多分、両親が決めたのかな?

 

室内で飼いたいと両親にめっちゃ

伝えたけどあっけなく却下!

 

私が子供の頃はほとんどが室外飼いで

番犬としての役目も担っていることも

多かったと思う。

 

それに小型犬とかではないしね〜

 

名前はみんなで考えた。

男の仔だったので“ゴン”と命名。

 

後に私が成人し犬猫を飼うことになる

のだが名前は“アン”とすぐに決まった。

 

これはフランス語で1の意味。

なんせフランスが大好きだからね〜

 

初めて飼うと意味も相まってピンと

きたのだった♪

 

それに最後に“ン”がつくのが好きだった

んだよね。

 

 

食事はママの担当。

 

ゴンのご飯はドッグフードではなく

私たちと同じものをあげていた。

 

いわゆるネコまんまのようなものかな。

 

現在、私は自然療法的なペットケアを

基本としている。

 

細かいことはさておきご飯について

は日替わりだしゴンも嬉しかった

だろう。

 

体もピンピンしていたから結果

オーライだな。

 

 

私はお散歩担当。

 

当時、両親や私は犬が好きだったけど

犬について調べたりすることもなく

全くの放任主義的な育てかただった

ように思う。

 

お散歩ではとにかく引っ張りグセが

すごかった記憶がある。

 

だけど、特にどうこうしようとか

思わずにず〜っとそのままだったなぁ。

 

今なら改善出来たけどね。笑

まぁ〜その時はその時でありだろう。

 

 

パパはDIY担当。

 

ゴンの小屋を作ってくれたかな。


小屋に書いているゴンのロゴだけは

私が書いたかな

 

そういえば庭に池みたいなのを作り

鯉とか泳いでいたなぁ〜

 

気がつけばその池は私や弟のプール

のような水遊び場になっていたり。

 

夜店で色つきのヒヨコを2羽買った

ことがある。

 

今思えばヒヨコを赤や緑や青で染めて

売るって虐待の類やん💦

 

 

だけどその時は何も考えずただ可愛い

の感情だけだった。

 

無知とは幸せなこともあり残酷なこと

もあり…

 

その2羽がみるみる大きく立派に成長

してなんと卵まで産んでくれ恩恵を

受けたのだ。

 

その鶏たちの小屋もDIYしてたな。

 

スゴいなぁ〜笑

 

たしかその鶏たちをお庭でお散歩

させたりシジミやアサリの貝殻を

細かく砕いてご飯に混ぜ混ぜしていた

記憶がある。

 

そんなこんなで特に知識はなかったが

動物と共に生きていく生活を楽しんで

いた。

 

私はやっぱり犬と一緒に犬小屋に

入るのが好きな子だったようだ。

 

 

あの時の私へ♪

今は動物関係の仕事をしているよ。

 

何も知らないときはそれなりに

楽しかったけどね。

 

自分が好きで合っている行動をすると

もっと楽しくなってきたよ〜

 

小屋には入れないけど。笑

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年〜引っ越し、習い事、いじめ

私が小学2〜3年生ぐらいだったと

思うのだが長屋のアパートから

一軒家に引っ越しをした。

 

まだ低学年だったので部屋は弟と一緒

だった。

 

庭もついていたので子供ながらに

感動していたような記憶。

 

子供部屋には私と弟の学習机と

2段ベッドがあった。

 

この2段ベッドで上になるか下になるか

弟とよく、もめたような?記憶。

 

結局、期間を決めて交代制に落ちついた

かな〜私はやっぱり上が好み。

 

近所には私と同じような年代の女の子、

男の子が多かった。

 

私たちの年代はまだ1家庭に2〜3人の

子供たちが平均家庭だったみたい。

 

引っ越して間もない頃は、女の子で

いじめっ子のような子がいたようだ。

 

まだ一緒に遊んでいた時のことで

良く覚えている事がある。

 

唇の下側がカサカサになっていて

たてにひび割れていた時にその子に

見せたことがある。

 

そしたらその子は私の唇に手をかざしてきた。

 

その時、私の中でその子が両手でひび割れた

唇を左右に引っ張ろうとしているように

思えて、素早く身を引いたのだ。

 

 

その時は、自分の中で

『え? 何? 危ない!?』

と思いその子に対して今まであったことも

ひっくるめていじめっ子のレッテルを貼る。

 

今思えば、その子の真意はわからない

本当は心配して見てくれただけかもしれないし

 

自分の考えや親の考え、環境などにより

固定概念が育っていく〜そんな出来事だった

 

 

私は特にみんなと遊びたいとは思わず

にいたのだが、ママがかなり気を使い

地域のコミスクのようなところに、

一緒に行ったりしたことがある。

 

子供ながらに、なんかめんど〜くさい

ような感じだった。

 

集まりや、催しなどは参加したけど、

心から楽しいとは思わなかった。

 

結局、ママのことを思い自分の

気持ちには我慢していたのだよね〜

 

ママはママで必死で私を助けて

くれていたのだろうね。

 

ありがとう♪

 

 

小学校低学年で引っ越し前の習い事は

習字とソロバン。

 

習字は私が左利きなので書き物の時は

右手でと、これもまた両親の古い考え。

 

中学生や高校生の時は習字の文字は

全く書くことはなく、まぁ〜るい文字の

丸文字を書いていた。

 

まぁ、書くことは嫌いではなく割と

好きだったからダイヤリーみたいな

ものも学生の頃から書いていた。

 

両刀使いになれたし、それはそれで

感謝だね。 

 

ソロバンに行くのは、いやだったなぁ

 

机にびっしり並ばされバチバチと

うるさい中で時間を過ごすのは苦痛

だった。

 

ソロバンは

『ごあさんでねがいましては〜』の

時にみんなはソロバンを傾けてから

また新しく計算を始めるのだけど、

私は左利きだったこともありハンデが

あると両親が感じたのかワンプッシュ

で新しく計算を始めることが出来る

ソロバンを使っていた。

 

多少の優越感が味わえたなぁ〜

 

マジで子供思いな両親だ。笑

 

引っ越しをしてこれらとも、

ようやく、さよならすることが出来た。

 

自分が親になり習字やソロバンを

子供たちに習わそうとはみじんも

思わなかった。

 

まぁ〜時代の流れもあるのだけれど

 

ただ、子供たちの習い事は多かったかも

ピアノ、英語、幼児教室、体操〜

街を歩いていて子供や自分がスカウト

されて子供たちだけ養成教室に行く。

 

小学校でサッカーチームに入る。  

 

今思えば子供たち2人が自分から

やりたいと言ったのはサッカーだけ。

 

だからか長男は社会人になっても、

週何回かはフットサルに行っている。

 

次男もお正月は帰省しているので

初蹴りOB会などは毎年参加している。

 

その他は私が決めて習いに行かせて

いたので現在は興味がないみたい。

 

人のことは言えないなぁ〜

私の自己満足が満載だ! 笑

 

親の心、子知らず

子の心、親知らず

 

 

 

 

話を戻して

 

習字は硬筆より毛筆が好きだった。

今、興味のあるカリグラフィーは

強弱をつけた文字でなんとなく

似ているからかな。

 

ソロバンは暗算での計算も学習したので

今、多少は役にたっているような〜

いないような。笑

 

私が本当に習いたかったことは

 

『合気道』みたいなやつ

 

ちょうど、ブルースリーが流行っていて

テレビで放送されているのを観ていて

ブルースリーみたいになりたい!って

思って両親に話してみた。

 

だが近くに教えてくれるところがなく

結局、残念した。

 

あの時は本当に習いたかった。

 

だけど成長するうちに、その熱い思いは

消えてしまったのだった。

 

成人して自分で探して習うことも可能

なはずなのに、ワクワクした感情は

なくなり消滅〜

 

いっときの心躍る感情を味わえたから

良しとしておこう。笑

 

あの時の私へ♪

『書くことは今でも好きだよ』

『仕事にしたいと望んでいるしね』

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年◆鼠靴咾た

小学校の低学年の時の遊びはというと

まだ長屋のアパートに住んでいたので

近所の子たちと

 

リリアンを編んだり。

 

色紙をコップに入れて色水作ったり。

何種類も長時間作っていると手が染まってたし

 

キンモクセイの花びらがとても良い香りで

水につけたら良い香りの水が出来るのだと

期待していたが、なんか青臭くなったり。

 

青蛙のお家を作ったり。

どろんこ遊びが妙に楽しかったが蛙さんにしたら

めちゃめちゃ迷惑な話だろうて

 

近くに自動車の廃棄場があり、そこには割れたガラスが

時間経過して今でいうシーグラスのようになっていて

拾って宝物にしたり。

 

泥団子も作ったかな〜自分の唾と泥を混ぜて

ボール状にしていくのだけど、これがまた

磨けばツヤがすごく出たりしたなぁ〜

今思えば、自分の唾を使うという遊びは

ある意味斬新だったり。笑

 

後はお決まりのママゴトをしたんだけど、

少し風変わりなこともした。

『お葬式ごっこ』なるもの〜

4〜5人ぐらいで遊び、1人は亡くなった人係

その他はその亡くなった家族係、そして私は

そのお葬式で自分で作詞作曲した歌のような

ものを歌う係〜だったような  笑

 

後はママのお姉さん家族が徒歩10分ぐらいの

ところに住んでいたので遊びに行ったりもした。

 

 

ゲームらしきものは全くタッチすることはなく

自然と共に遊んできたんだなぁ〜

 

高学年になったらまた違う遊びをするのだけど

やはりゲームやインターネット関係とは無縁なのだ。

また今度、高学年の遊びをアップしてみよう♪

 

ゲームなどは今まで、ほとんどしたことはなく

好きではないし興味はまったくないのだけどね ^^

 

そんなこんなで私の個性の1部となったのでした。

 

あの時の私へ♪

創造性が豊かだったね〜精一杯遊びに夢中だったもんね。

今でも変らず創造するのが好きなんだよ。

いっぱい遊んでくれてありがとう。

 

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年 措屬砲屬弔る

多分、小学校低学年ぐらいに車に

ぶつかったような記憶がある。

 

記憶をたどると1番に思い出されるのは

なんだか怖くて怖くて自分が悪いことを

して怒られるような感じがして

アパート共有の自転車置き場のような?

ガレージのような薄暗いところに走って

入り、体を小さくしてブルブル震えて

ジッとしていた。

 

時間がいくぶん経過したであろうと

自分なりに納得して走って家に帰った。

 

すると玄関に見知らぬ男の人の靴が

あるではないか!

 

またドキドキしてどうしていかわからず

その場に立っていた。

 

するとママが私に声かけた。

 

『体は大丈夫なん?ケガはしてないの?!』

 

私は、涙目でうなずいた。

 

ママは心配そうな顔で私のほうを見て

から話してくれた。

 

どうやら、私にぶつかった車の運転手が

近所の人に聞いて訪ねて来たらしいのだ。

 

その時の運転手の顔や痛みや、

その後どうなったかは全く記憶に

ないんだけどね。

 

 

小さい頃って当たり前だけど経験や

知識がないから色んなことにドキドキ

し生きていたんだね。

 

それはそれで良しとし〜

 

歳を重ね経験や知識が豊富になり

多少のことでは動じない強さが身に

ついた。

 

本当は必要のない世間ていや責任感、

固定概念〜その他もろもろ

 

くっついてきてしまったけど…

 

これはこれで良しとしよう。笑

 

もう少し歳を重ねるとまたスッキリと

するような感じがしている。

 

とりあえず、成長はしているのだから

結果オーライってとこかな。

 

 

あの時の私に一言♪

『もう大丈夫だよ〜えらかったね』

 

 

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小学校の頃あたりから髪の毛が長くなり

結ぶスタイルが定番だったかな。

 

 

 

 

弟の万遍の笑みがスゴイ。笑

 

私は目の色素がうすく明るいところに

なると眩しくて目をしかめる癖がある。

 

だから、外に出る時はサングラスを

していたなぁ〜

 

今は慣れたのか?

 

サングラスなしの生活やなぁ〜

 

何でも慣れるのもだ ^^

自分の生い立ち〜幼稚園ァ漸色い自動車

パパの故郷に帰省したときかな

 

なんとなくパパの車の色を

覚えていた。


ママは黄色の車に困惑していた

ような。


かすかな記憶だけど。


私は買ってもらったアメちゃんの

ネックレスがスゴく嬉しくて

ご機嫌さんだった。



 

 

 

 

弟はなにか機嫌が悪いのかな?

よく泣く弟だったような記憶。


やっぱり、私は超ミニだし。

後姿はパンツが若干見えてるよな〜


その当時の流行りなのか?

今だによくわからない。


私はくせ毛なのだ。

弟は直毛かな。


めちゃめちゃのくせ毛でも

ない。


中学生〜独身時代は

クリクリパーマや


はたまた

ストレートパーマなど


自分のくせ毛に反発して

戦っていたけど。笑


アラフォーあたりから

パーマなどはしなくなった。

 

歳を重ねるごとに抵抗する

ことはなくなった。


今は自分のくせ毛が気にいっている。


あの時の私へ♪

『今はくせ毛がとっても良い感じなんだよ』

 

自分の生い立ち〜幼稚園ぁ善親芦颪箸

幼稚園なる集団生活に慣れてきた頃かな。

 

運動会♪

 

ってママはミニスカートだし

 

私は多分、スカートやズボンらしき

ものは着用していない。笑

 

毛糸のパンツぐらいかな〜

 

まっ

 

異性への目覚めはまだないので

特に問題はないけど・・・

 

やな〜

 

ええん?

 

ロリコンさんには美味しかったやろ。汗

 

 

遊び場はやっぱり神社だし

やっぱり男の子に見えんでもないし

 

どっちの好みだったのかな?

 

 

幼稚園の頃はアパートに住んでいた。

 

いわゆる長屋のね。

 

子供の頃はすぐ近くにお友達がいて

すぐに遊べて楽しかったような記憶。

 

台所の窓からお日様の光りが差し込んで

ほんわか〜黄色っぽくて

 

キレイだったのが印象深い。



あの時の私へ♪

『今もお天道様の光が大好きなんだよ』

 

自分の生い立ち〜幼稚園〜七五三かな

だんだん自分の年齢が

わからなくなってきているので

 

若干

順不同で〜笑

 

ん〜七五三かな?

 

短い髪にまた大きな飾りが

うまい具合についてるし

 

着物きていない時とかって

多分男の子に間違われるな ^^

 

性格も行動パターンも

男の子でも通るだろうし〜

 

 

 

 

ママは弟をおんぶしているみたい。

 

ばぁ〜ちゃんの着物は

自分で作ったんだろうな。

 

ばぁ〜ちゃんはママの長男さんの

お家の近くに住んでいてよく遊びに行った。

 

タンスには着物がたくさんあって、

自分で作っていると聞いたことがある。

 

私の浴衣も作ってくれたし。

 

昔の人はスゴイなぁ

 

ママは若い頃は洋裁学校に通っていた

と聞いた。

 

私の洋服などを作ってくれましたね〜♪

 

二人とも縫ったり、編んだりすることが

器用だったんだ。

 

私は興味がないので縫ったり、編んだりは

しないかな。

 

小学生の頃に『リリアン』が

流行して編んでたかな。

 

後は高校生の頃に『ハラマキ』を

編んで彼氏にプレゼントした。

 

ヤンキーだったので

 

色はエンジのラメラメ〜笑

 

それぐらいか

 

かなり必死だったような記憶あり。

 

 

今でも縫ったり、編んだりには

全く興味がない。

 

女三世代

それぞれの個性ですな。

 

 

何かの行事かな?

 

重たそうな髪飾り。笑

 

 



あの時の私へ♪

『重たそうだけど、きれいに着飾ることが出来て良かったね。似合ってるよ』

自分の生い立ち〜幼稚園◆岨笋猟

私の弟

 

小さい頃にママとパパに

弟が欲しい!と真剣に言っていた

と聞いたことがある〜笑

 

そして念願の弟の誕生だ。

 

3歳違いになるのかな?

多分〜

 

今でもそうだけど家族の年齢とか

自分の子供の年齢とかたまにわからなくなる。

 

たま〜に自分の年齢もね。

 

 

 

やっぱり神社系に遊びに行ってるんだ

 

ママがめっちゃ嬉しそうな顔してるのに

私はなんだか真剣な顔をしているし

弟は違った方向を向いてるし

 

面白いエズラだ。

 

 

 

私が小さい頃はいつも弟の世話を

していたみたいですね。

 

弟とは性格や興味、思考など全く違う。

男女という違いもあるけれどね

 

ものごごろついた時からほとんど

しゃべることはなかった。

 

私は中学生後半から高校生まで

いわゆるヤンキーでした。

 

その事はまた別の時に〜笑

 

かたや弟は普通の学生生活。

 

通信が充実した高校に通い

現在もネット関係の仕事をしている。

 

会うのはお盆かお正月に実家に

帰省したときぐらい。

 

あたりさわりのない会話。

 

だったけど

 

私が既婚中、旦那が留置場に

入っている時の義父との確執問題の時や

 

離婚してから子供たちの進路の金銭面

での援助など本当に助けてもらった。

 

そしてパパが他界してからは

現在一人暮らしのママのことで

よく連絡をとるようになったかな。

 

私も弟も離婚して独り身で

ママも独り身〜

 

そうなることでなんだか

絆は強くなったかな。

 

だけどみんな独り身なので

割と自由に過ごしているみたいだし

 

 

私はひとりが気にいっている。

 

世間と遮断したひとりではなく

世間とはつながりつも孤独が好き。

 

ずっと小さい時からひとりで

いるのが本当は好きだったのかもね。

 

 



あの時の私へ♪

『弟が生まれて良かったね。今では頼りになる弟で、ありがたい存在だよ』

自分の生い立ち〜幼稚園 楚瓦忙弔辰討い襪海

そろそろ幼稚園ぐらいのことに

移ろうかな〜笑

 

写真のママはスーツでおめかしして

カッコイイやん

 

人生初の集団生活の始まりだ。

 

集団生活の中でだんだん自分の世界を

失っていくことになる。

 

両親の色に染まり

世間の色に染まり

 

自分の色がわからなくなる

始まり・・・

 

幼稚園のいつ頃かは忘れたけど

雨の日にテクテク歩いていたら

 

壁に小さな透明でキラキラした

カタツムリがたくさんいた。

 

それをママとじぃ〜と見ていた

ようなそんな記憶。



あの時の私へ♪

『いっぱい染まって多様性を経験できたね』

 

 

自分の生い立ち〜幼少期ァ舛い箸

私がママに抱っこされて真ん中にいる。

 

ばぁ〜ちゃんに抱っこされて

いるのはママのお姉さんの子供。

 

次男くん

 

ひとりで立っているのも

ママのお姉さんの子供で

 

長男くん

 

時が経ち三男くんも誕生するのだ。

 

 

ママは5人姉弟

 

特にこのお姉さんとは仲が良い。

現在も仲が良いんだよね〜

 

性格も顔つきも全然違うから

面白いところだ。

 

ママは内向的

お姉さんは外交的

 

ママは日本的な顔立ち

お姉さんは外国人っぽい顔立ち

 

みたいな。笑

 

小さい頃から家が近くて

いつも遊んでいたなぁ

 

ママのお姉さんはめちゃめちゃ綺麗で

ファッションリーダー的存在かな♪

 

モデルさんみたい。

 

やはり、今でも綺麗な人だ。

 

ママはあまりお化粧したり

髪の毛を気にしたり

ファッションを気にすることは

ないんだけどね。

 

お姉さんはスゴイのだ!

 

 

私が小学生ぐらいの時にお家に

遊びに行くと化粧品の多さと

綺麗なパッケージに魅了された。

 

お化粧をするところを

見ているのが楽しかった。

 

ママとはかなりタイプが違い

子供心に綺麗なママのお姉さん

が母親だったらいいなぁ〜

なんて思ってた時もあった。

 

私が美容師になり、わりと

オシャレになってからお姉さんの

仕事場に行くとお店を出て

いつも一緒に洋服など

買ってくれたんだよね〜

 

 

私を自分の子供のように

可愛がってくれたな。

 

 

 

 

いとこたちと旅行に行った時かな〜

 

私の弟やママのお姉さんの3男くんが生まれている。

 

今でもパワフルで大好きな女性。

 

 

 

ママのお姉さんの次男くん、 旦那さんは他界。



あの時の私へ♪

『今でもみんな優しいんだよ』