後悔しないために日々を大切に
そして自分らしく精一杯生きる
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自分の生い立ち〜中学校ぁ措作テニスマシーン&黒電話

中学校では『エースをねらえ』に

憧れてテニス部に入ったので、

割とまめに練習はしていたなぁ〜


部室という小さな空間がある

のだけれど、他のクラブの部室も

だ〜っと並んだ長屋みたいだった。


男女の部室はもちろん別々なんだけど

なんとな〜く遠目にみえる男子の部室

から憧れの先輩を目で追ったりする

時間が楽しかったなぁ♪


中学校での練習は朝練や授業が

終わってからの練習があったけど、

家に帰ってもなんとなく練習が

したかった。


一人で自由にできる練習???


色々考えてみた。



で思いついたのがテニスボールに、

ゴムをボンドでくっつけてから、

ゴムを10mlぐらい長めにとって

おいてその先を大きめの石にボンド

でくっつけるというものを作ってみた。


説明がヘタですね〜(^.^;

気にせずに進もう 笑


ポイントはゴム選びだった。

あまり太いと伸びづらく、細いと

すぐに切れてしまうのだ。


試行錯誤しつつゴムは細めのものを

何重にもするとほどよい伸びで、

良い感じに練習できた。


が…


気合が入ると力も入り、

パツンとゴムが切れてボールが

飛んでいってしまうのだ。


飛んで行くところは、田んぼ。


稲作時期の時は大変だが、それ以外は

問題なく探せたかな〜


一人で家の前の道でも

練習できるし時間帯も自由だった

ので自分では上出来だった。


私は左利きなのでラケットも

左手で持つようにしていた。


一応〜乙女だかこの練習で益々、

左腕が強靭になったように感じた。笑






恋愛事情はというと


中学生の時の恋愛で想い出に残って

いることってあんまりない。


誰かと、つきあっていたかな〜?


謎 (・・;


同じ中学校の子から他校の子と、

会ってほしいとよく言われたなぁ


それに


家に電話がよくかかってきていた。


同じ中学校の子たちが他校の子に

卒業アルバムを見せて家に電話して

くるパターン。



当時は、ダイヤル式の黒電話☎


そして、電話をとるのが必ず両親。

夜にかかってきた電話はほとんど

パパが対応していた。


考えると電話をかけてくる男子たちも

大変だっただろうな〜笑


なんとか難関を乗り越えると私に

お呼びがかかり話をするのだ。


話をするのも案外、一苦労した。

黒電話はコードがあるので両親が近くに

いる場所でしか話が出来ず両親に

気を使いつつ小声で喋っていたなぁ〜



相手は私を知っているが私は相手を

知らないので『一回会って〜』と

言われると色々と考える。


会うと約束する場合は約束時間に

来ている相手を遠目から隠れてチェック。


私が良いと思ったら会うし、

NOと思ったら会わずに帰る〜


そんな遊び感覚だった。


だからか?

浅く広く系で深くは思い出せないのだ。


あの頃を想い出すと黒電話に比べ

携帯電話ってスゴイ機能がついていて

便利だと思うが、不便なことが逆に

ドキドキ楽しい想い出になってくれた。




あの頃の私へ♪

現代にはない愉しみかたが、

出来たことはラッキーだったね♡




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何の催しだったかな?

アメちゃん舐めてるし。笑


中学校の教室にて。

自分の生い立ち〜中学校〜文字にこだわる

懐かし〜い、めちゃめちゃ分厚い

アルバムのページ。笑


かなり古くなっていて写真が

アルバムからはがれないので

アルバムごと写真に撮る。


小学校までは私が左利きだった

こともあり習字をならい、文字は

右手で書くようになる。


まぁまぁの上達だったのだが、

中学2年生頃からは自己流の

丸文字にはまる。


とにかく一文字一文字にこだわり、

気合いれてたなぁ〜


イラストなんかもよく描いていた

かな♪


特に友達との手紙交換や、日記、

そしてアルバムには命かけてた

ぐらいにね。笑


私の学生時代、携帯電話なんかは

ないから手紙交換が当たり前の

ように流行っていたんだよね〜


アルバムはその時の想い出なんかも

手書きしているから今見てもすぐに

想い出せる優れもの。


この頃からステッカーやイラストを

ペタペタ貼って、なんやかんやと

コラージュしてたんだ。


中学生時代は学年があがるごとに

自己主張が出てきて、だんだんと

やんちゃになっていった。


もう、こわい存在はいなくなり

楽しかったなぁ。


他校からのお付き合いコールが

それなりにあって青春してたし!


そして気がつけば高校受験が

待っていた。


私は商業高校に入学する。


なんだろぅ?


今思えば、本当に商業高校に

行きたかったのだろうか??


イヤ 

ちがうな


多分、両親のことを考えてたのかも

しれない…


そう


商業高校に入学したら両親が

喜ぶ〜ような


私の本心ではなかったような

嘘をついていたような


なんとなく、あやふやでハッキリ

とは覚えてない。


しかし


無事に?合格してしまったので

窮屈になりそうな高校生時代

が始まるのだ。


高校受験が合格したら、

お祝いとしてステレオを買って

もらうことになっていた♪


昔のタイプなのでレコードが主流の

ステレオだったかな〜やたら2つの

スピーカーが大きかったがカッコ

良かった!


後にこのスピーカーに文字を書いて

自己満足していた。


『護国尊皇』とか暴走族の名前

とかヤンキーっぽい言葉が好きだった

のでホワイトマーカーで書いた〜笑


んで


初めて購入したレコードが、


山下久美子さんと横浜銀蝿だった

かな。


赤道小町とかツッパリハイスクール

が自分の中ではツボだった。


後は何を購入したのか覚えてない。


高校生になるとレコードより

カセットテープが主流になって

いた。


今はプレーヤーがないのだけれど

何となく懐かしくて保管している。


そういえばこのカセットテープの

ラベルもすっごく力が入っているので

見ていると面白い。


やっぱり文字とは縁があるんだと

ヒシヒシと感じる今日この頃。笑



あの頃の私へ♪

文字やイラストは今でも私に

寄り添って楽しませて

くれているよ〜




 

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自分の生い立ち〜中学校◆船筌鵐ー女子たちのグループに目をつけられる

中学2年生になるころには、

自己表現をしたくなってきた。


テニス部🎾に入部しているので

大胆なことはまだ出来ないお年頃。笑


髪の毛については、何とかしようとは

まだ考えていなかったかな〜


靴下は白いシンプルなものを着用と

校則で決まっていたけどちょこっと

レースのついた靴下を履いてみたり、

制服のリボンの結びかたを替えてみたり

していたレベルだった。


中学生の頃にめちゃめちゃ流行った

ことは『口裂け女』だった。笑


なんせ幽霊とかお化けとかが

すっごく苦手だったのでやたらと

怖かった。


部活が終わると薄暗くなる帰り道…

妄想を巡らせてしまいマジで焦った。


まっ、それも気がつけばなんのその〜

いつしかコロッと忘れて青春を謳歌

していた。


テニス部以外にも割とヤンチャな

ヤンキー女子に目をつけられた。


1つ目のグループのボス的な女子には

これまた色恋沙汰でイジメにあう。


やっぱり、その女子が好きな男子が

私のことが好きでいわゆるヤキモチ

ってやつだ。


も〜やめて〜泣


その頃はまだまだかよわい

女の子だった私。


怖くて怖くてイヤだった。


そんな時に同じクラスにヤンキー女子

がいて、まぁまぁその女子と仲良し

だったので相談してみたところ、

その女子に話をつけてあげると

言ってくれた〜泣


そしてその一件は解決出来た♪

思ってたよりはやく解決できて

ラッキーだった。


それからは助けてくれたヤンキー女子と

仲良くなり一緒に遊ぶようになり、

私はヤンキー女子になっていくのだった。



もう1つのヤンキー女子グループ。

4〜5人ぐらいだったかな?


特に何かされることもなかったけど

なぜか私の真似をグループの中の

ヤンキー女子がしてみんなで笑う〜

みたいな感じ。


そのグループは放課後になると、

体操着に着替えたりするプレハブが

あるんだけど、そこで何やら

ドタバタしていた。


聞くとケンカの練習らしい。笑


色々あるもんだ〜


そのグループ内のヤンキー女子は

みんなヤンキー男子とつきあって

いたんだけどグループ内のヤンキー女子

とつきあっているヤンキー男子に

告白されたことがある。


そのヤンキー男子の話を聞くと

『今、つきあっているヤンキー女子と

別れてつきあいたいが、そんなことを

するとヤンキー女子グループから

私が大変な目にあう』と言った。


あったりまえやん!

やめてくれ〜


私は全くそのヤンキー男子が好きでは

ないので穏便にすませてほしいと

心の中で願っていた。


ヤンキー男子は話を続けた。


『これからも今までどうりヤンキー女子

とつきあっていく』


そう言ってから


制服を腕まくりすると


なんか入れ墨みたいなのをしていた。

多分、鉛筆の芯を皮膚にプチプチと

埋め込んでいくやつ〜


流行ってたんだよね。

今思うとめっちゃ皮膚に悪いやん。


で腕に何やらシンボルマークみたいな

のが彫られていた。


名前だとヤンキー女子に見つかった

時にこれまた大変になるし、シンボル

マークだと、ごまかせると言っていた。


要は心の底では私のことを想っている

というやつ〜


その時はちょっと惚れたけど

いつしか、そんなことも忘れて

私はヤンキー街道を突っ走るのだった。


ふふふ


あの頃の私へ♪

怖くてイヤな時もあったけど、

優越感もやっぱりあって今と

なっては良い想い出になったよ。






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修学旅行のバス?電車?の中。

右隣には何かと体を触り

チョッカイをだしてくる男子が

座っていたので知らぬ顔をしていた。


まっ 今では良い想い出だな〜笑

自分の生い立ち〜中学校 粗霄哀謄縫紘瑤貌部&いじめ&恋

さてさて中学生まできましたね〜笑

 

それほど規制がない小学校から

ガッチガチに規制される生活の始まりです。

 

中学校に入学したてのころはまだまだ言われた

ことを素直に聞くことしか頭になかった時代。

 

自分の個性である髪の毛などは特に規制が

すごかったなぁ〜汗

 

髪の毛は元々、くせ毛なのでなにもしなければ

ゆるやかなカールになるかな。

 

縮毛とかではなかったのでまぁまぁ良かった。

 

入学して部活は軟式テニス部に入ることにする。

 

それは、アニメでめちゃめちゃ好きだった

『エースをねらえ』の影響だろう ^^

 

もう、はまりにはまったなぁ〜

 

多分、部活の規則では髪の毛はショートに

することだったようだ。

 

そのことについてはまだ反発はなかった。

 

ちなみにコーチは女性だった。笑

 

 

 

私は左利きなのでラケットも左手で持つことにした。

 

思い出のものはやはりラケットかな。

 

部活の先輩や同僚たちと一緒にラケットを買いに

いったことがある。

 

ラケットにも様々な色見があり悩みに悩んだ。

 

そして選んだラケットの色は

 

ライトグレーだった ^^

 

そこに黒文字でなにやらロゴみたいなのが

書かれていて格好良かった。

 

 

左利きということもありコーチには

とても重宝されたかな。

 

軟式テニス部は女子、男子がいて8コートくらいあって

基本はわかれて練習していた。

 

そのなかで選抜された子が男子と練習をする。

 

男子のパワーやらテクニックやらを習うためだと

コーチから聞いたような〜

 

私は選抜されたので男子部と練習をしていたんだよね。

 

そこには同僚もいるが先輩たちもいる。

 

ほのかに心を踊らせてくれる男子部の先輩に

恋をするのだ。

 

その先輩はどちらかというともの静かで、

今で言うチャラ男タイプではなく照れ屋で

黙々と練習する感じ。

 

そしてテニスが上手く日に焼けていて

スラーっとしていた。

 

そう

 

小学校の初恋タイプとやっぱり似ていたなぁ♪

 

練習はきつかったけど楽しかった。

部活が終わり片付けも終わると、

その後は男子部員を含めて数名で

おしゃべりする。


夕焼けと涼しい風とおしゃべり♡

幸せなひとときだった。


恋した先輩とは話をすることはなく、

遠くから見つめていた〜


イヤ〜まさに青春ですな。笑


 

そこでちょっとしたイジメ系にあう。

 

テニス部女子には男子と一緒に練習をしていて

近くで接する姿が気にいらない女子がいた。

 

そしてその女子が好きな先輩は私のことが好きだと

噂があったんだよね〜


私は全くその先輩には興味がなかった

んだけど。笑

 

そんなこんなでその女子や取り囲みたちになんか

色々と言われたり無視されたりしていたような記憶。


その女子の一言をよく覚えている。

『クヤシィー』って。



だけど

 

それほど気にすることはなく

 

どちらかというと優越感に浸っていたようだ。

 

 

ふふふ♡

 

だってモテるからしかたないし

あんたより私のほうが可愛いもんね〜


 

自分はあんたらとはちゃうねん!

とういう感情があった。


あんたらそんなことやってたら

益々ぶちゃいくにナルゾ。

 

そんなことは多分、みじんも表面には出すことなく

中学校生活をしていたなぁ


自分自身が大好きで

まだまだ純真な?

 

不安はあるが期待が半端ない

時代でした ^^

 

 

今と違い携帯などがない時なので

中学校の時の写真が少ない 汗

 

修学旅行やお友達の家での写真ぐらいかな。

 

高校あたりからだんだんと多くなってきている。

 

あの『写るんです』のような使い捨てカメラを

使うようになったからね。

 

 

あの時の私へ♪

今でもやっぱり良い思い出だよ。

いじめより優越感が半端ない感動の青春だった ^^

 

 

 

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この写真は多分、修学旅行の時かな〜

部活の写真は手元にないんだよね。

自分の生い立ち〜小学校高学年➂〜初恋

小学校高学年にもなるとやはり異性が

気になるお年頃♪

 

私は勉強が出来る子より、運動能力が

高い子のほうが好みだった。

 

私の小学生の頃はサッカー部とかは

多分?なかったと思う。

 

やっぱり花形は野球部だったかな♪

 

頭は坊主なんだけど、なぜかそこが

また好きだったなぁ〜

 

 

馴れ初めは…

 

ん〜忘れた 笑

 

 

いつしか好きな子が出来ていた。

 

なんだろう、私はその子と結婚する

のかも♡

 

なんて決めていた感がある。

 

好きになった子はどちらかというと

おちゃらけでもなく、特にテキパキする

こともなく、おしゃべりでもなく、

 

だけど

 

照れ屋さんで野球が上手で、スマートで、

はにかんだ笑い顔が良かったんだよね。

 

多分、世間一般の男前では

なかったけどね。笑

 

気がつけば、野球部やクラスでは、

公認の仲になってたなァ〜。

 

私もどちらかというと小学生の頃は

照れ屋だったので二人きりで話したり

デートのようなことはほとんど

しなかった。

 

当時、流行っていた交換日記をしたり、

数人のグループで遊園地デートなどで

楽しんでいた。

 

授業が終わり掃除の時に一緒の

グループになるとめちゃめちゃ嬉し

かった!

 

遠目で見たり、近くで見たり、

時間よ止まれ〜みたいな感じ♪

 

ピュアだった。笑

 

私の弟も野球部でキャプテンをして

いた頃もあり野球部繋がりで、

好きな子が私の家に来たりしたことも

ありドキドキ💘ワクワク幸せだった。

 

小学校を卒業するときにお別れノート

を各自、用意してクラスの子たちに

まわして想い出などを書いてもらう

みたいなことがあった。

 

そのノートには私と好きな子の

あいあい傘や、お幸せに〜なんて

文字がほとんどだったかな。笑

 

そうこしているうちに、

いつしか交換日記もなくなり、

 

同じ中学校に入学したんだけど、

自然に私の恋心はなくなっていた。

 

めちゃめちゃ大好きで大好きで

ドキドキワクワクした初恋が出来たこと

は忘れられない想い出となりました。

 

 

あの時の私へ♪

何年経っても想い出は色あせて

いないよ〜初恋を満喫したね。

 

 

 

 

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水路で鴨カップルさんたちが

くつろいでいた♪

 

はぁ〜穏やかだね〜

自分の生い立ち〜小学校高学年◆鼠靴&悩み

私が子供の頃はまだ少子化は進んで

いなくて子供たちがわんさかいた。

 

引っ越した近所にも男の子や女の子が

たくさんいてみんなでよく遊んだかな。

 

子供の頃はゲーム類はなかったので

もっぱら外で遊んだ。

 

だいたい遊ぶ時間帯が決まっていて

気がつけば低学年や高学年の子供たちが

近所の公園に10人以上は集まる。

 

高学年がリーダーになって遊びを

決めたりチームを決めたりした。

 

2人のリーダーがジャンケンをして

お気に入りの子供をチームに入れていく。

 

その後にリレーをしたり、

キックボールやドッチボールをしたり、

 

石けりや鬼ごっこ、後ろの正面だぁれ、

 

女の子だけだとゴム高跳び?みたいな

遊びをしたり〜

 

とにかく外で遊ぶのが楽しかった!

 

小学校でもやっぱり外で遊んでいたけど

神社通いがプラスされた。

 

小学校のすぐ横にあった神社。

名前とかは全く覚えてない。

 

記憶にあるのは

 

・友達数人と神社に行ったこと

・龍のような石があった

・水の音

・お賽銭していた

 

お賽銭は多分、1円とか10円単位だった

ような〜

 

お賽銭しながら私は

『チリもつもれば』みたいなことを

言っていた記憶がうっすらある。笑

 

神社仏閣には幼少期から家族旅行で

よく行っていたので馴染みがあるの

だろう。

 

小学校の行き道は田んぼの中道を

通るので水路の動植物などを見ていた。

 

行き道は集団で登校するからあんまり

寄り道はできなかった。

 

だけど帰り道は自由で気の合う友達と

下校〜道端に実っている果実なんか

食べていたなぁ〜

 

田んぼで水をひいていない時期には中に

入って凧あげしたり、追いかけっこ

したり。

 

レンゲの蜜を吸ったり、野草を食べたり。

 

葉っぱで船や笛を作ったり、絡ませて

相撲みたいな遊びしたりと、

 

めっちゃ自然の恩恵を受けていたなぁ

 

勉強は好きではなかったけれど

楽しい日々を過ごしていたようだ。

 

夕方に鳴るあの音楽♪


それが合図でみんな家路についた。

 

それまでは目一杯遊びに夢中の毎日だった。

 

大人になってもあの夕方17:00ぐらいに

鳴る音楽♪

 

今でも懐かしく好きだな〜

 

 

ただ、私にはスッゴい悩みがあった。

それは小学生以降になっても長〜く

続く悩み。

 

いつからだろう?

爪を噛むようになった。

 

爪を噛むのは前歯なんだけど、かなり

前歯に圧力がかかるんだよね。

 

それが数年間、続くと前歯に歪みが

出てきたり他の歯にも影響が出て

かなりイビツな歯並びになってしまった。

 

そしてあだ名がついた。

 

『ドラキュラ』

 

汗笑

 

歯がギザギザだからね〜

 

その頃から口を開けて笑わなくなって

いたなぁ

 

笑う時は意識して歯を見せない。

口を閉じたまま笑ったり、

手を使って口を隠したりね。

 

だけど、なぜかモテた。笑

 

今となって思うのは私が1番気にしていて

まわりは何とも思ってなかったかな〜

なんてね。

 

歯との付き合いかたはまた追々、

書いていこうと思っている。

 

爪を噛むクセは中学校に入る前には

なぜか治っていて、それ以降は全く

噛まなくなっていた。

 

 

そんなこんなで高学年にもなると恋する

お年頃♪

 

次回は初恋について書いていこうかな。



あの時の私へ♪

今はまた違う紙遊びを見つけたよ。

またこれからも見つけていくと思う。


歯は今も色々あって気になるなぁ〜汗


 

 

 

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自分の生い立ち〜小学校高学年 粗以たちとの共生

引っ越しをしたこともあり念願の

ワンちゃんを飼うことに♪

 

地元が和歌山だからか『紀州犬』

だった。

 

多分、両親が決めたのかな?

 

室内で飼いたいと両親にめっちゃ

伝えたけどあっけなく却下!

 

私が子供の頃はほとんどが室外飼いで

番犬としての役目も担っていることも

多かったと思う。

 

それに小型犬とかではないしね〜

 

名前はみんなで考えた。

男の仔だったので“ゴン”と命名。

 

後に私が成人し犬猫を飼うことになる

のだが名前は“アン”とすぐに決まった。

 

これはフランス語で1の意味。

なんせフランスが大好きだからね〜

 

初めて飼うと意味も相まってピンと

きたのだった♪

 

それに最後に“ン”がつくのが好きだった

んだよね。

 

 

食事はママの担当。

 

ゴンのご飯はドッグフードではなく

私たちと同じものをあげていた。

 

いわゆるネコまんまのようなものかな。

 

現在、私は自然療法的なペットケアを

基本としている。

 

細かいことはさておきご飯について

は日替わりだしゴンも嬉しかった

だろう。

 

体もピンピンしていたから結果

オーライだな。

 

 

私はお散歩担当。

 

当時、両親や私は犬が好きだったけど

犬について調べたりすることもなく

全くの放任主義的な育てかただった

ように思う。

 

お散歩ではとにかく引っ張りグセが

すごかった記憶がある。

 

だけど、特にどうこうしようとか

思わずにず〜っとそのままだったなぁ。

 

今なら改善出来たけどね。笑

まぁ〜その時はその時でありだろう。

 

 

パパはDIY担当。

 

ゴンの小屋を作ってくれたかな。


小屋に書いているゴンのロゴだけは

私が書いたかな

 

そういえば庭に池みたいなのを作り

鯉とか泳いでいたなぁ〜

 

気がつけばその池は私や弟のプール

のような水遊び場になっていたり。

 

夜店で色つきのヒヨコを2羽買った

ことがある。

 

今思えばヒヨコを赤や緑や青で染めて

売るって虐待の類やん💦

 

 

だけどその時は何も考えずただ可愛い

の感情だけだった。

 

無知とは幸せなこともあり残酷なこと

もあり…

 

その2羽がみるみる大きく立派に成長

してなんと卵まで産んでくれ恩恵を

受けたのだ。

 

その鶏たちの小屋もDIYしてたな。

 

スゴいなぁ〜笑

 

たしかその鶏たちをお庭でお散歩

させたりシジミやアサリの貝殻を

細かく砕いてご飯に混ぜ混ぜしていた

記憶がある。

 

そんなこんなで特に知識はなかったが

動物と共に生きていく生活を楽しんで

いた。

 

私はやっぱり犬と一緒に犬小屋に

入るのが好きな子だったようだ。

 

 

あの時の私へ♪

今は動物関係の仕事をしているよ。

 

何も知らないときはそれなりに

楽しかったけどね。

 

自分が好きで合っている行動をすると

もっと楽しくなってきたよ〜

 

小屋には入れないけど。笑

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年〜引っ越し、習い事、いじめ

私が小学2〜3年生ぐらいだったと

思うのだが長屋のアパートから

一軒家に引っ越しをした。

 

まだ低学年だったので部屋は弟と一緒

だった。

 

庭もついていたので子供ながらに

感動していたような記憶。

 

子供部屋には私と弟の学習机と

2段ベッドがあった。

 

この2段ベッドで上になるか下になるか

弟とよく、もめたような?記憶。

 

結局、期間を決めて交代制に落ちついた

かな〜私はやっぱり上が好み。

 

近所には私と同じような年代の女の子、

男の子が多かった。

 

私たちの年代はまだ1家庭に2〜3人の

子供たちが平均家庭だったみたい。

 

引っ越して間もない頃は、女の子で

いじめっ子のような子がいたようだ。

 

まだ一緒に遊んでいた時のことで

良く覚えている事がある。

 

唇の下側がカサカサになっていて

たてにひび割れていた時にその子に

見せたことがある。

 

そしたらその子は私の唇に手をかざしてきた。

 

その時、私の中でその子が両手でひび割れた

唇を左右に引っ張ろうとしているように

思えて、素早く身を引いたのだ。

 

 

その時は、自分の中で

『え? 何? 危ない!?』

と思いその子に対して今まであったことも

ひっくるめていじめっ子のレッテルを貼る。

 

今思えば、その子の真意はわからない

本当は心配して見てくれただけかもしれないし

 

自分の考えや親の考え、環境などにより

固定概念が育っていく〜そんな出来事だった

 

 

私は特にみんなと遊びたいとは思わず

にいたのだが、ママがかなり気を使い

地域のコミスクのようなところに、

一緒に行ったりしたことがある。

 

子供ながらに、なんかめんど〜くさい

ような感じだった。

 

集まりや、催しなどは参加したけど、

心から楽しいとは思わなかった。

 

結局、ママのことを思い自分の

気持ちには我慢していたのだよね〜

 

ママはママで必死で私を助けて

くれていたのだろうね。

 

ありがとう♪

 

 

小学校低学年で引っ越し前の習い事は

習字とソロバン。

 

習字は私が左利きなので書き物の時は

右手でと、これもまた両親の古い考え。

 

中学生や高校生の時は習字の文字は

全く書くことはなく、まぁ〜るい文字の

丸文字を書いていた。

 

まぁ、書くことは嫌いではなく割と

好きだったからダイヤリーみたいな

ものも学生の頃から書いていた。

 

両刀使いになれたし、それはそれで

感謝だね。 

 

ソロバンに行くのは、いやだったなぁ

 

机にびっしり並ばされバチバチと

うるさい中で時間を過ごすのは苦痛

だった。

 

ソロバンは

『ごあさんでねがいましては〜』の

時にみんなはソロバンを傾けてから

また新しく計算を始めるのだけど、

私は左利きだったこともありハンデが

あると両親が感じたのかワンプッシュ

で新しく計算を始めることが出来る

ソロバンを使っていた。

 

多少の優越感が味わえたなぁ〜

 

マジで子供思いな両親だ。笑

 

引っ越しをしてこれらとも、

ようやく、さよならすることが出来た。

 

自分が親になり習字やソロバンを

子供たちに習わそうとはみじんも

思わなかった。

 

まぁ〜時代の流れもあるのだけれど

 

ただ、子供たちの習い事は多かったかも

ピアノ、英語、幼児教室、体操〜

街を歩いていて子供や自分がスカウト

されて子供たちだけ養成教室に行く。

 

小学校でサッカーチームに入る。  

 

今思えば子供たち2人が自分から

やりたいと言ったのはサッカーだけ。

 

だからか長男は社会人になっても、

週何回かはフットサルに行っている。

 

次男もお正月は帰省しているので

初蹴りOB会などは毎年参加している。

 

その他は私が決めて習いに行かせて

いたので現在は興味がないみたい。

 

人のことは言えないなぁ〜

私の自己満足が満載だ! 笑

 

親の心、子知らず

子の心、親知らず

 

 

 

 

話を戻して

 

習字は硬筆より毛筆が好きだった。

今、興味のあるカリグラフィーは

強弱をつけた文字でなんとなく

似ているからかな。

 

ソロバンは暗算での計算も学習したので

今、多少は役にたっているような〜

いないような。笑

 

私が本当に習いたかったことは

 

『合気道』みたいなやつ

 

ちょうど、ブルースリーが流行っていて

テレビで放送されているのを観ていて

ブルースリーみたいになりたい!って

思って両親に話してみた。

 

だが近くに教えてくれるところがなく

結局、残念した。

 

あの時は本当に習いたかった。

 

だけど成長するうちに、その熱い思いは

消えてしまったのだった。

 

成人して自分で探して習うことも可能

なはずなのに、ワクワクした感情は

なくなり消滅〜

 

いっときの心躍る感情を味わえたから

良しとしておこう。笑

 

あの時の私へ♪

『書くことは今でも好きだよ』

『仕事にしたいと望んでいるしね』

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年◆鼠靴咾た

小学校の低学年の時の遊びはというと

まだ長屋のアパートに住んでいたので

近所の子たちと

 

リリアンを編んだり。

 

色紙をコップに入れて色水作ったり。

何種類も長時間作っていると手が染まってたし

 

キンモクセイの花びらがとても良い香りで

水につけたら良い香りの水が出来るのだと

期待していたが、なんか青臭くなったり。

 

青蛙のお家を作ったり。

どろんこ遊びが妙に楽しかったが蛙さんにしたら

めちゃめちゃ迷惑な話だろうて

 

近くに自動車の廃棄場があり、そこには割れたガラスが

時間経過して今でいうシーグラスのようになっていて

拾って宝物にしたり。

 

泥団子も作ったかな〜自分の唾と泥を混ぜて

ボール状にしていくのだけど、これがまた

磨けばツヤがすごく出たりしたなぁ〜

今思えば、自分の唾を使うという遊びは

ある意味斬新だったり。笑

 

後はお決まりのママゴトをしたんだけど、

少し風変わりなこともした。

『お葬式ごっこ』なるもの〜

4〜5人ぐらいで遊び、1人は亡くなった人係

その他はその亡くなった家族係、そして私は

そのお葬式で自分で作詞作曲した歌のような

ものを歌う係〜だったような  笑

 

後はママのお姉さん家族が徒歩10分ぐらいの

ところに住んでいたので遊びに行ったりもした。

 

 

ゲームらしきものは全くタッチすることはなく

自然と共に遊んできたんだなぁ〜

 

高学年になったらまた違う遊びをするのだけど

やはりゲームやインターネット関係とは無縁なのだ。

また今度、高学年の遊びをアップしてみよう♪

 

ゲームなどは今まで、ほとんどしたことはなく

好きではないし興味はまったくないのだけどね ^^

 

そんなこんなで私の個性の1部となったのでした。

 

あの時の私へ♪

創造性が豊かだったね〜精一杯遊びに夢中だったもんね。

今でも変らず創造するのが好きなんだよ。

いっぱい遊んでくれてありがとう。

 

 

 

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自分の生い立ち〜小学校低学年 措屬砲屬弔る

多分、小学校低学年ぐらいに車に

ぶつかったような記憶がある。

 

記憶をたどると1番に思い出されるのは

なんだか怖くて怖くて自分が悪いことを

して怒られるような感じがして

アパート共有の自転車置き場のような?

ガレージのような薄暗いところに走って

入り、体を小さくしてブルブル震えて

ジッとしていた。

 

時間がいくぶん経過したであろうと

自分なりに納得して走って家に帰った。

 

すると玄関に見知らぬ男の人の靴が

あるではないか!

 

またドキドキしてどうしていかわからず

その場に立っていた。

 

するとママが私に声かけた。

 

『体は大丈夫なん?ケガはしてないの?!』

 

私は、涙目でうなずいた。

 

ママは心配そうな顔で私のほうを見て

から話してくれた。

 

どうやら、私にぶつかった車の運転手が

近所の人に聞いて訪ねて来たらしいのだ。

 

その時の運転手の顔や痛みや、

その後どうなったかは全く記憶に

ないんだけどね。

 

 

小さい頃って当たり前だけど経験や

知識がないから色んなことにドキドキ

し生きていたんだね。

 

それはそれで良しとし〜

 

歳を重ね経験や知識が豊富になり

多少のことでは動じない強さが身に

ついた。

 

本当は必要のない世間ていや責任感、

固定概念〜その他もろもろ

 

くっついてきてしまったけど…

 

これはこれで良しとしよう。笑

 

もう少し歳を重ねるとまたスッキリと

するような感じがしている。

 

とりあえず、成長はしているのだから

結果オーライってとこかな。

 

 

あの時の私に一言♪

『もう大丈夫だよ〜えらかったね』

 

 

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小学校の頃あたりから髪の毛が長くなり

結ぶスタイルが定番だったかな。

 

 

 

 

弟の万遍の笑みがスゴイ。笑

 

私は目の色素がうすく明るいところに

なると眩しくて目をしかめる癖がある。

 

だから、外に出る時はサングラスを

していたなぁ〜

 

今は慣れたのか?

 

サングラスなしの生活やなぁ〜

 

何でも慣れるのもだ ^^